時事So Long!

世の中をぶった斬る。斬ってみたらスイカみたいに美味しいかもしれないからーー。

むしろ西暦ではなく元号を普段使いするようにしては?

最近、よく目にする合理的な人たちからの「もう西暦を普段使いにしようよ」みたいな提案。

私はそういう人たちがたいてい好きなので「たしかになー」とうなずく反面、よくよく考えてみると、はたして西暦を普段使いすることでそこまで良いことが起こるのか?とも思う。

むしろ元号を普段使いしたほうがメリットがあるんじゃないか?

というのも、西暦2020年以降、ちっともワクワクしない気がしてならない。

たとえば

「今年は2028年だ!」

「10年後はもう2050年かー」

うーん、全然ときめかない。

これは私が30歳を過ぎて、年が変わることに対して老いを感じるだけなのが原因なのかもしれませんが、それにしてもつまらなすぎる。

だから、むしろこれを機に「元号を普段使い」にしてみてはどうか。

どんな元号名になるかわからないけど、仮に「牛角」として、

「え、もう牛角5年?早いな」

「今年で牛角30年かー」

「ついに牛角65年?昭和を超えた!」

ときめく!……まぁ、別に今の平成だって同じなのだけど、ただ平成という元号が可哀想なのは、西暦2000年という節目の期間と重なってしまったことじゃないかなとも思う

1900年代が終わるカウントダウンと21世紀が始まる期待で、いつしか西暦ばかりに目をやり、私たちは平成何年なのかを思い出せなくなった。

しかし、現状の2017年はそのころの惰性で続いているだけで、まったく心が揺さぶられない。

たぶんそれが巡り巡って、経済の停滞、たとえば賃金が上がらなかったり、非正規労働者が増えたり、保育園がなかったり、結婚できなかったり、本が売れなかったり、私がこうしてしょーもないことを書いてネットを汚染していたり……世の中がつまらないことにつながっている(と私は勝手に思っている)

2020年までは東京五輪もあるから少しはワクワクするけど、もう西暦は忘れて、元号をメインにしちゃったほうが案外良かったりはしないか。惰性で過ぎていく2000年代はもういらない。

「あれ?牛角10年って、西暦何年だっけ?」

みたいな会話がされているとき、きっと今蔓延している停滞感が吹き飛んだ、素敵な世の中になってるんじゃなかろうか。

日本の元号 (新人物往来社文庫)

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